ペペロンチーノ 

　２０２１年３月１１日。朝。布団の中でじゃれある潔と灯里。幸せそうな光景。
　友作となたね。海で洋食の仕事。今日は静かできれいな海。１０年前のあの海は、ホントのこととは思えない。２人は、潔の店「PARADISO」へ。招待状が届いていた。店の中はがらんとしている。潔と灯里が奥からやってきた。今日は貸切。何の集まりか、まだわからない。各地では、東日本大震災の追悼式が行われている。美容師のより子も、お店を早退してPARADISOへ。まだ、海の近くは落ち着かないという。娘の蒼はあとから来る。初めて顔を合わせる友作となたね。なたね「これ、どういう会なの？」。潔「１０年前の今日、みんなどこで何をしていた」と尋ねる。灯里「私は、思い出したくない」。なたねは、仙台のネイルサロンでバイトをしていた。不便はあったけど不幸はなかった。友作は語らない。潔「あの日・・・」。港近くにあったレストラン「PARADISO」。店の名前は、灯里が好きな映画のタイトルからとった。「天国」という意味だが、地獄になった。店の外に出ていたより子が戻ってきて「聞きたくないんだ。１０年とか騒ぐのも気にくわない。外の人たちが、たまに思い出す、そのためだけ。あの日がずーっと続いている」。潔「今日は、震災の打ち上げをしないか」。戸惑う招待客たち。潔「今までどんな苦労をした？どれだけ怒った？どれだけ泣いた？もうそういうのはいいよ。パーっと飲んで騒ごう。約束したんだ」。灯里「約束、よく守ったね」と微笑む。

　２０１３年夏。仮設住宅に移り住んだころ、体から力が、心から感情が消えた。昼間から飲んだくれてる潔。いくつかの仕事に就いたが、長続きはしなかった。時間を埋めるためにお酒に頼った。死ぬのが面倒で生きていた。お酒のプールに浮かんで。バイクで事故を起こし、入院。看護師隙を見て、アルコール消毒綿を盗み、お酒の代わりににおいをかいだ。診療室から声が聞こえてきた。佐々木医師が落語を唱えていた。患者の家族からもらった問ウイスキーの瓶がテーブルの上に。佐々木医師「一緒にどうだ」。惹きつけられるように入ってくる潔。実は、佐々木医師もアルコール依存症。次飲んだら死ぬと言われている。お酒で問題を起こして、東京から逃げてきた。飲みたくなると落語を唱える。潔の血液検査結果では、棺桶に片足突っ込んでいる。ポケットのアルコール綿にも気づいていた。佐々木医師は、潔の頬をひっぱたく。「何年か前のオレだ。お前オレなんだよ。１番殴りたいのはお前なんじゃないか」。目のまでウイスキーを捨てる。佐々木医師「２０２１年にもう一度会おう。マラソンはゴールがあるから走れるんだ」。震災から１０年後、お酒を我慢したら打ち上げをしようと。
　今日が約束の日。招待状は、佐々木にも出したが、返事は来ない。次に店にやってきたのは、結衣香。みんなに乾杯のお酒を注ぐ。潔は、テキーラ。地震の起きた時刻に”乾杯”。潔は”献杯”ではなく、”乾杯”だと。みんなも頑張ってきた。だから頑張った自分たちに乾杯。乾杯と言ったのは、灯里と結衣香だけ。他の人たちは「献杯」。グラスを飲み干す潔。招待客は、お互いを知らない。どういうメンバーなのか・・・。

　２０１４年春。潔が住む仮設住宅。隣の部屋から、ケンカの声が聞こえてくる。かなり激しい。潔たちが駆けつけると、子供の蒼が暴れていた。押さえることができない、母・より子。潔が、「ダメだよ」と抑え、静まるのを待つ。「大丈夫ですか」と、母親の顔を見て、驚く。潔の高校の時の同級生だった。部屋の中には、位牌のそばに親子３人の笑顔があった。台所には、カップめんの空き容器が散乱。潔は「腹減ったか」と蒼に尋ねる。そして、料理を作り始める。東京のレストランで修行をしていたが、つらくて戻ってきて、小さなレストランを開いた潔。津波で流されてしまったと、話す。完成したのは、ペペロンチーノ。おいしそうに食べる蒼。その蒼の顔を見て、レストランをまたやりたいと、潔は思った。おいしいと幸せなんだと、蒼が気づかせてくれた。より子は、避難所で、ヘアカットのボランティアをしてた。みんなに「強いね」と言われるが、ムリしてそう振舞っていただけ。より子「強がってるだけなのに」。あの日から、初めて泣いた。より子「ちゃんと泣けるんだ」。潔は、泣いているより子の方に手を乗せながら、蒼とブランコで遊ぶ灯里をじっと見つめた。

　蒼も店にやってきた。潔は、蒼のおかげで初めてやりたいことが見えたと話す。「お腹より、心を満腹にする、そういうレストランを作りたくなった。このパーティーには、オレを今日に連れてきた人を呼んだ。誰が欠けてもここはなかった」。友作「オレたちは、何もしてないけどな」。

　２０１５年冬。やっと、「paradiso」の跡地に足を運ぶことができるようになった。行くたびに失くしたものを大きく感じた。更地のようにになった店のあと。そこで、店名の書かれた割れたお皿の破片見つけた。その時、ピアノの音色が突然聞こえてきた。引き寄せられるように、倉庫のような建物にたどり着く。その中から、ピアノの音が聞こえて来ていた。ピアノを弾いていたのは、友作。そばで聞いているのは、なたね。１曲弾き終えると、友作はなたねにプロポーズ。しかし、なたねはバカにされていると思い、怒って出ていこうとする。慌ててその場を去ろうとする潔だったが、近くにあったものをけり倒してしまう。その音で、潔がいることに気づいた友作となたね。驚いた友作は、なたねの後ろに隠れるようにおびえていた。そんな友作を見て、なたねは「そうだったね」。子供のころから、怖がりな友作。いつもなたねを頼りにしていた。その時の顔と今の顔は同じ。そんな友作と手をつないで歩くと怖くなかった。改めて、今度はなたねからプロポーズした。友作は、安定を求めて公務員を目指していたが、あの日、安定なんてないと思った。何が起こるかわからない。好きなことをやることに決めた。あの日、仲間がたくさん亡くなった。その人たちの分も楽しむ任務がある。そう考えていた。そのあと、潔は、灯里と海へ。海の仕事をやってみようと思うと伝える。潔は、友作たちと一緒に働いた。漁港の仲間と一緒にご飯も食べる。地元の食材を教えてもらった。

　地元の魚介を使っての料理を振舞う。潔「何にもない街だけど、目の前に宝箱があった。またレストランをやりたいと、本気で考え始めた」。だから、友作となたねも「オレを今日に連れて来てくれた人」。

　２０１６年夏。復興住宅に移り住んだ。地元の食材を作って、様々な料理を作ってみた。それを食べて判定をするのは灯里の役目。ペペロンチーノも作った。１番簡単で１番難しい料理。納得のいくペペロンチーノができてから、動き始めた。銀行などでお金を借り、親や親戚にも頭を下げて、資金を集めた。海に近いことを重視して、物件を探した。
　２０１８年春。店がオープンし、新聞の取材も来た。＜震災を超えて＞。そんな文字が見出しになっている。そこからお客さんも増えていった。雑誌には＜再生する被災者＞と写真には書かれている。テレビの取材も受けた。＜震災の苦難を乗り越え＞。そう紹介された。
　２０２０年４月。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言。PARADISOにお客さんの姿はなかった。ワインのビンに手をかけたとき、１人のお客さんがやってきた。おいしそうに食べ、おかわりが欲しいと。ウェブマガジンに載せる写真を撮り忘れたという。それがウェブマガジン編集者の結衣香だった。結衣香の書いた記事には＜おなかもココロも満たす＞と書かれていた。それを読んだ潔は、いてもたってもいられず、結衣香のもとへ。潔は、どんな取材でも「被災者」と必ず書かれた。それを書くために取材に来た。潔「あなたの記事には１行もなかった。普通のレストランとしてほめてくれた。ありがとうございます。オレは被災者じゃない。オレは料理人です」と涙を流しながら語った。

　結衣香は、感謝するのは自分の方だと。自分が書いた記事が、あんなに人をはげましたことにびっくりしていた。もう少し頑張ろうと思えた。そして、意を決して立ち上がり「公開告白でぶつかります。初めてあった日から、小野寺さんのことずっと・・・」。その時、佐々木医師が遅れて到着した。横浜の病院で働いているという。約束通り飲まずに過ごせたと伝える。
　全員が集まった。１０年目。友作「長かったな」。結衣香「誰にとっても」。なたね「誰にとってもね・・・」。改めて乾杯。佐々木医師は、まだアルコールは飲まないと。孫が大人になる日がゴールになったという。乾杯すると、佐々木医師は、潔がずっと「テキーラ」と言って飲んでいたグラスをとる。それはテキーラではなく水。今日は１滴も飲んでない。潔「飲むつもりでした。飲む気満々でした。けど、打ち上げたら、区切りを付けたら、いなくなってしまうかもしれない。わかってるんだ。ここに灯里はいない。でもいるんだ。すぐそばにいる。灯里は、ここにいます」。より子たちは知っていた。灯里は、津波に流され、いまだに行方不明。灯里は、東京の人。潔が結婚してこちらに連れてきた。知っている人は誰もいない場所。だから、いつもそばにいてやると約束した。潔「だからそばにいる。あいつはここにいる。オレの隣に。いつもいるんだ」。朝、布団の中も１人。新作料理の試食をするときも１人。どこにも灯里の姿はなかった。友作は、潔のそばのイスを引き、「見えなくてもいる。いるものはいる。灯里さんは、ここに」。その椅子に座り、深く頭を下げる灯里。より子が灯里の前のグラスにワインを注ぐ。改めて乾杯。結衣香「飲まなきゃやってられない。年取らない女には勝てない」。みんなが笑顔に。なたねのお腹には子供が。今８ヵ月。楽しい雰囲気でパーティーが進む。その中には、灯里もいる。
　これからも、潔と灯里はお店を開ける。